姫発「あのね、お姉さま……わたくし、どうしてもお伺いしたいことがございますの」
呂尚「ん、どうしたの、姫発?」
姫発「わたくし、いつか……ちゃんと“お役目”を果たせる立派な王になりたいって思ってるの。でもね、そのためには“手柄”を立てなければいけないでしょう?」
呂尚「……ふむ」
姫発「けれど、それには大きな悩みが三つあって……。ひとつは、わたくしたちの力だけじゃ、とても敵わないほどの強い相手だったらどうしようって……。ふたつめは、その敵がとても親しい家臣に囲まれていたら、きっと彼らを引き離せないって……。そして三つ目は……敵の兵たちが結束していたら、わたくしの言葉など届かないのではないかって……」
呂尚「あんた……本当に立派な悩み抱えてるじゃん。そっか、三つの“疑い”、ね」
呂尚「こういうときは、三つの柱で考えるといいわ」
姫発「三つ……でございますか?」
呂尚「うん。“状況を利用すること”──“慎重に策略を練ること”──そして“財を使うこと”。この三本柱」
姫発「なるほどですわ……!」
呂尚「まず、強すぎる相手には無理して正面からぶつかっちゃダメ。むしろ、調子に乗らせるの」
姫発「ちょ……ちょうしに、のせる?」
呂尚「うん。力をつけさせて、その力に酔わせるの。態度もデカくなって、隙が生まれる。“強すぎるものは、必ず折れる”って相場が決まってるのよ」
姫発「つまり……相手が勝手にバランスを崩すのを待つのですのね!」
呂尚「その通り! 焦らず、じっくり、ね」
姫発「では、親しい家臣を引き離すには……?」
呂尚「“親しき者”には“親しさ”で対抗するの。つまり、こっちがもっと信頼を与えて、懐柔するのよ」
姫発「まぁ……でも、敵の忠臣にそれが通じるかしら?」
呂尚「策を重ねればね。利を与え、地位を餌にし、周囲を味方につけてじわじわ孤立させる。そうすれば、どんな忠義もグラついてくる。あとは、いちばん可愛がられてる側近に贈り物やらなんやらで仲良くなって、そこから“離間”していくのよ」
姫発「人の心って……そんなに簡単に?」
呂尚「案外、ね。欲に喜ぶ者は疑いを忘れる。賢いフリしてる人ほど、簡単に落ちるものよ」
姫発「では最後の……敵の兵士たちが固くまとまっていたら?」
呂尚「民の心を手に入れるの。民が離れれば、兵は意気を失う。軍を散らすには、まず“民心”からよ」
姫発「……根っこから揺らす作戦、なのですね」
呂尚「戦いの基本ってのはね、情報を遮断して、気づかれないうちに囲い込むこと。そのうえで、大軍を叩き潰して、害を取り除く」
姫発「なんだか……とても静かで、でもとても恐ろしいのですね」
呂尚「ふふ、そうかも。女や宝、美味しい食べ物や音楽なんかで敵の王様を堕落させる。気づけば孤立し、味方も離れ、民もついてこない……そうなれば終わりよ」
姫発「……お姉さま。とっても、とっても……」
呂尚「ん?」
姫発「やっぱり、兵法って……難しくって、でも甘美ですのね」
呂尚「ふふっ、言うようになったじゃん? じゃ、次は“龍韜篇”だね。今度はもっと深い闇の話、覚悟してよ?